探索地図に「解体済み」と記してあったことが気になり、一ヶ月と少しぶりにこの寺を訪れた。
ところが、実際には前回と変わらないまま静かに寺は佇んでおり、また、これから解体されるような様子もなかったので一安心した。
今回も張り切って撮影に臨もうと思う。
田舎町の、更に奥の方へ進んだ所に寺はある。
緑に囲まれている場所なので、今回は蛇やらカエルやらブヨやら、とにかく多くの生き物が私を出迎えてくれた。
三脚で蜘蛛の巣を落としながら寺の奥に進む。
私はこの通り廃墟に一人で行くし、そこで怪我をしても「ははっ、床が抜けた」とヘラヘラしているので、よく男らしいと言われるが、一つだけ女の子らしいところがある。
虫が苦手なのだ。
とりわけ蜘蛛が苦手で、高校の頃は夏場自転車に蜘蛛の巣が一本かかっていただけでお父さんに泣きつく始末であった。
しかしこの頃は廃墟ばかり行っているので、蜘蛛に耐性がつきつつある。
人間、慣れとは怖いものだ。
メインはここ。
多くの位牌が保管されており、金色に輝いている。
沢山並んでいる位牌の一つ。
さて、きちんとした廃墟写真はここまでで、面白いのはここからだ。
倉庫を離れ、三階建ての建物の中に入る。
謎の吊り下げられたブラジャー。
「森杏菜@ピラティス検索♪」と書かれたタグがぶら下がっている。
奥の部屋へ進むと、益々狂気じみていた。
きちんと掃除されているようで、この部屋だけ廃墟らしくない。
賞味期限の新しいお供え物が恐ろしい。
定期的に誰かがここを訪れていることを伺わせる。
ここでも森杏菜。
私は訪れた廃墟が昔どんなところだったか、誰が住んでいたか、ということはあまり気にならず、無事写真が撮れさえすればいいという感じなので詳しくは調べていないものの、ここが霊感商法詐欺で解散になった宗教の寺だということは知っている。
森杏菜という人物は、この部屋の創作主に相当恨まれているようだが、恨まれた原因は詐欺事件と何か関係しているのだろうか。
ブラジャーを正面から写すため、高いところに登った。
体勢を崩せば四、五メートルを真っ逆さまなので、慎重に横移動する。
写真を撮りながら、このブラジャーを飾った人物と鉢合わせたらどうなるのだろうか、と考えを巡らせた。
そろそろ帰ろうとカメラの電源をオフにすると、廊下の影から人が現れ、私はどきりとした。
黒いパーカーを着、フードを深くかぶった若い男性だった。
彼は私を見てほくそ笑み、静かに近づいてきた。
私は何か言おうと思ったが、恐ろしさのあまり声が出なかった。
存在だけで相手を畏怖させるような、異様なオーラが彼からは滲み出ていた。
彼は、「僕が君をそこから突き落としたら、世間の人は君が殺されたことを疑うと思う?」と、尋ねた。
私が緊張し、何も答えられないでいると、彼は私の目の前で立ち止まり、言った。
「答えはね、疑わない、だよ。君は一人で廃墟に来て、そこから足を滑らせて死んだんだ」
細くつり上がった目と目線が合った瞬間、彼の手が伸びてきて、私の視界は回り、頭からそのままー--、
というサスペンス劇場を頭の中で繰り広げた後、身震いをし、この寺を後にした。
こんなに面白くて恐ろしい廃墟は滅多にない。
次回訪れた際も無事に帰還できることを祈る。